2010年10月26日火曜日
2010年10月19日火曜日
実験経済学19:神経経済学 Goal-directed choice
Neuroeconomicsの第28章“The computation and comparison of value in goal-directed choice”を勉強しました。複数の選択肢から1つを選ぶという意思決定問題をどのように脳は解いているのか、についての研究論文を紹介しました。その解き方のモデルとして、random-walk model が提唱されている。たとえば、Random Dot Motion task をやっているサルの脳のある部位(LIP)に、random-walk modelをサポートするような動きがみられるなど、神経科学による基礎付けがそれなりになされているようです。おもしろい。
2010年10月12日火曜日
実験経済学18:神経経済学 イントロ2
二本杉剛さんにゲストスピーカーとして来ていただき、神経経済学を勉強するにあたって知っておくべき基礎的な用語や考え方を解説していただきました。二本杉剛さんは、fMRIを使ったニューロエコノミクスの研究に携わる若手。実際に研究している方だからこそできる overview やイントロダクションの講義は本当にありがたいです。大変わかりやすい解説、どうもありがとうございました。
2010年9月28日火曜日
実験経済学16:神経経済学 イントロ
第1章「Introduction: A Brief History of Neuroeconomics」。
イントロとして、神経経済学の成立の背景と簡単な歴史について解説した章です。
認知神経科学が意思決定モデルに経済学的なアプローチを採用し、一方で、行動経済学が現実的な意思決定モデルに、非経済的(心理学的知見をとりいれた)行動モデルを作っていった。一部の行動経済学者は、意思決定の瞬間に実際に起きているプロセスを観察し、規範的なモデルではなく実証的なモデルを手に入れたいという思いがあり、それが脳機能の観察に結びついていった。
こういうながれで、認知神経科学と行動経済学があわさって、神経経済学が生まれたとのことです。テキストはこちらを使います。
イントロとして、神経経済学の成立の背景と簡単な歴史について解説した章です。
認知神経科学が意思決定モデルに経済学的なアプローチを採用し、一方で、行動経済学が現実的な意思決定モデルに、非経済的(心理学的知見をとりいれた)行動モデルを作っていった。一部の行動経済学者は、意思決定の瞬間に実際に起きているプロセスを観察し、規範的なモデルではなく実証的なモデルを手に入れたいという思いがあり、それが脳機能の観察に結びついていった。
こういうながれで、認知神経科学と行動経済学があわさって、神経経済学が生まれたとのことです。テキストはこちらを使います。
| Neuroeconomics: Decision Making and the Brain Paul W. Glimcher Academic Press 2008-10-17 by G-Tools |
2010年7月20日火曜日
2010年7月15日木曜日
2010年7月13日火曜日
実験経済学13:オークション(続き)
オークションの均衡戦略について話しました。単純化したモデルでとりあえず考えてみることの重要性を理解してほしいです。そのあとで、実験結果をちょっとだけ紹介しました。こうしたトピックでは、理論をベースに話をすすめるので、理論の解説の比重が大きくなります。
2010年7月6日火曜日
2010年6月29日火曜日
実験経済学11:時間選好
"Non-parametric test of time consistency: Present bias and future bias," Games and Economic Behavior. を解説しました。
2010年6月15日火曜日
2010年6月8日火曜日
2010年6月1日火曜日
2010年5月25日火曜日
2010年5月18日火曜日
2010年5月11日火曜日
2010年4月27日火曜日
2010年4月20日火曜日
実験経済学3:サンクトペテルブルクのパラドックスと限界効用逓減の法則
前回までで、数当てゲームにおいて「ある程度予想できる非合理性」を見出したり、市場実験からみる「経済学モデルの妥当性」を勉強しました。今回も引き続き、人間の行動をそれなりにモデルで近似できる(することに意味がある)と勉強しましょう。
「サンクトペテルブルクのパラドックス」をベースとした、うまい棒ゲームを考えます。まず、どのように理論と現実が相容れないのか(パラドックス)を理解し、その上で、理論を再解釈することでそれなりの決着をはかりましょう。「効用」という考え方によって現実の再解釈がうまくできます。そこに経済学モデルの意義、現実をうまく説明・理解できるという役割を見出すことができるのではないでしょうか。
さて、このゲームでは、コイン投げをして、表がでれば、コイン投げを続けることができます。裏がでた時点でゲームは終わりです。ゲームが終了するまでに、何回(連続して)表が出たかによって、何本のうまい棒がもらえるかが決まります。いきなり裏が出てしまった場合(表が0回のとき)は、うまい棒が1本もらえます。表が1回だけで次に裏が出てしまったら、2本もらえます。表2回で3回目に裏が出てしまった場合は、4本だけもらえます。このように、連続して出た表の数が1回増えるごとに、ゲーム終了時点でもらえるうまい棒の本数が2倍に増えていくのです。問題は、このゲームに一体いくら払って参加したいか(参加するのにいくらまでなら払いますか)ということ。実際に、一橋大学の学生さん125人に聞いてみた結果が右のグラフにある通りで、平均54円でした。
さて、ここにパラドックスがあります。実は、理論的には、このゲームの参加費は無限大になってもおかしくないからです。ゲームの参加費を決めるときには、おそらく、「このゲームに参加すれば何本ぐらいのうまい棒が平均してもらえるのだろうか」と考えたことでしょう。ゲームに参加すれば、少なくとも1本のうまい棒はもらえるはず。それよりも多くうまい棒をもらうためには、少なくとも1回は表が出ればいいのだから、確率50%で、2本以上のうまい棒がもらえます。というように考えて、平均何本もらえるかを何となく予想するはずです。計算自体は簡単ですので過程を省きますが、驚くべきことに、平均してもらえるであろう本数は無限大となってしまうのです。だとすれば、ゲームに参加することには無限大の価値がある!? となります。感覚的にも、とてもそれには納得がいきませんし、学生さんが答えた平均54円という数字をどのように解釈すればいいのでしょう。
54円という数字を解釈するひとつの方法が「効用」という概念の導入です。人はうまい棒の本数だけにもとづいて判断するのではなく、そのうまい棒が自分にとってどれだけの価値があるか(それによってどれだけの満足度(効用!)が得られるか)を考えているはず。そこで、うまい棒ゲームでもらえるうまい棒を消費し、その消費から得られる効用の平均値(期待値)を計算するのではないかと思えます。実際に、得られる効用をうまい棒の本数の対数関数 log(x) として、効用の平均値を計算すると、それは無限大にならないことがわかります。なぜ log(x) が便利なのか、ヴェーバー‐フェヒナーの法則や限界効用逓減など、続きは講義を聞いてください。
「サンクトペテルブルクのパラドックス」をベースとした、うまい棒ゲームを考えます。まず、どのように理論と現実が相容れないのか(パラドックス)を理解し、その上で、理論を再解釈することでそれなりの決着をはかりましょう。「効用」という考え方によって現実の再解釈がうまくできます。そこに経済学モデルの意義、現実をうまく説明・理解できるという役割を見出すことができるのではないでしょうか。
さて、このゲームでは、コイン投げをして、表がでれば、コイン投げを続けることができます。裏がでた時点でゲームは終わりです。ゲームが終了するまでに、何回(連続して)表が出たかによって、何本のうまい棒がもらえるかが決まります。いきなり裏が出てしまった場合(表が0回のとき)は、うまい棒が1本もらえます。表が1回だけで次に裏が出てしまったら、2本もらえます。表2回で3回目に裏が出てしまった場合は、4本だけもらえます。このように、連続して出た表の数が1回増えるごとに、ゲーム終了時点でもらえるうまい棒の本数が2倍に増えていくのです。問題は、このゲームに一体いくら払って参加したいか(参加するのにいくらまでなら払いますか)ということ。実際に、一橋大学の学生さん125人に聞いてみた結果が右のグラフにある通りで、平均54円でした。さて、ここにパラドックスがあります。実は、理論的には、このゲームの参加費は無限大になってもおかしくないからです。ゲームの参加費を決めるときには、おそらく、「このゲームに参加すれば何本ぐらいのうまい棒が平均してもらえるのだろうか」と考えたことでしょう。ゲームに参加すれば、少なくとも1本のうまい棒はもらえるはず。それよりも多くうまい棒をもらうためには、少なくとも1回は表が出ればいいのだから、確率50%で、2本以上のうまい棒がもらえます。というように考えて、平均何本もらえるかを何となく予想するはずです。計算自体は簡単ですので過程を省きますが、驚くべきことに、平均してもらえるであろう本数は無限大となってしまうのです。だとすれば、ゲームに参加することには無限大の価値がある!? となります。感覚的にも、とてもそれには納得がいきませんし、学生さんが答えた平均54円という数字をどのように解釈すればいいのでしょう。
54円という数字を解釈するひとつの方法が「効用」という概念の導入です。人はうまい棒の本数だけにもとづいて判断するのではなく、そのうまい棒が自分にとってどれだけの価値があるか(それによってどれだけの満足度(効用!)が得られるか)を考えているはず。そこで、うまい棒ゲームでもらえるうまい棒を消費し、その消費から得られる効用の平均値(期待値)を計算するのではないかと思えます。実際に、得られる効用をうまい棒の本数の対数関数 log(x) として、効用の平均値を計算すると、それは無限大にならないことがわかります。なぜ log(x) が便利なのか、ヴェーバー‐フェヒナーの法則や限界効用逓減など、続きは講義を聞いてください。
2010年4月13日火曜日
実験経済学2:市場均衡の実験
前回にひきつづき、実験経済学の入門部分にあたる内容。実験経済学(あるいは行動経済学)は、必ずしもこれまでの標準的な経済学やその思考の枠組みを否定するものではないです、ということを解説しました。一橋大学でやった教室内市場実験の結果を紹介し、需要・供給曲線の交点が均衡だとするモデルが、それなりに現実的であることを示しました。

たまに、"合理的で利己的な人間だけを想定しているミクロ経済学は非現実的でまちがっている、だから心理的要素を考慮・加味した行動経済学が正しいんだ"というようなことを見聞きします。実験経済学をやっていると、たしかに標準的な経済学モデルとは全く異なる結果が観察されます。だからといって、そのモデルが"まちがっている"というわけではありません。そういうわけで、はじめにモデルも意外に正しいじゃんということを解説しようと思いました。
教室内市場実験では、実験を行う人(つまり私)だけが需要曲線・供給曲線の形を知っています。そして、売り手役・買い手役の人たちを多数用意します。売り手・買い手は、自分の利益の最大化のみを利己的に考えており、需要曲線や供給曲線がどういった形になっているのかは知りません。したがって、その2つの曲線が交じわる点(均衡価格)がどこにあるのかも知らない。こんな設定です。それでも、「わいわいがやがや」と多数の買い手・売り手が交渉して相対取引を成立させていると、その取引価格の平均は、モデルが予想する均衡価格に非常に近い値になることが知られています。実際、均衡価格60に対して、平均の取引価格は59.4でした。
ただし、完全競争がないので、ランダムにかつ排他的に1対1の売り手・買い手が価格交渉をはじめるという点に注意。その結果、どうしても、取引数量はモデルの予想よりも多めに出てしまうのです(この確認は自習用練習問題としてとっておきたいです)。それでも、モデルの予想はそれなりに正しいことがわかります。宿題が出ました(27日提出)

たまに、"合理的で利己的な人間だけを想定しているミクロ経済学は非現実的でまちがっている、だから心理的要素を考慮・加味した行動経済学が正しいんだ"というようなことを見聞きします。実験経済学をやっていると、たしかに標準的な経済学モデルとは全く異なる結果が観察されます。だからといって、そのモデルが"まちがっている"というわけではありません。そういうわけで、はじめにモデルも意外に正しいじゃんということを解説しようと思いました。
教室内市場実験では、実験を行う人(つまり私)だけが需要曲線・供給曲線の形を知っています。そして、売り手役・買い手役の人たちを多数用意します。売り手・買い手は、自分の利益の最大化のみを利己的に考えており、需要曲線や供給曲線がどういった形になっているのかは知りません。したがって、その2つの曲線が交じわる点(均衡価格)がどこにあるのかも知らない。こんな設定です。それでも、「わいわいがやがや」と多数の買い手・売り手が交渉して相対取引を成立させていると、その取引価格の平均は、モデルが予想する均衡価格に非常に近い値になることが知られています。実際、均衡価格60に対して、平均の取引価格は59.4でした。
ただし、完全競争がないので、ランダムにかつ排他的に1対1の売り手・買い手が価格交渉をはじめるという点に注意。その結果、どうしても、取引数量はモデルの予想よりも多めに出てしまうのです(この確認は自習用練習問題としてとっておきたいです)。それでも、モデルの予想はそれなりに正しいことがわかります。宿題が出ました(27日提出)
2010年4月6日火曜日
実験経済学1:数当てゲームにみる合理性
第1回なので、シラバスを配布しました。イントロとして、数当てゲーム(美人投票ゲーム)にみる合理性という題目で講義しました。
生身の人間は、経済学が想定する合理的で"利己的な"行動をとるわけではありません。かといって、完全にランダムで非合理的な振る舞いをするわけでもないでしょう。生身の人間の行動にも、ある程度の規則性のようなものがあるにちがいありません。その規則性のようなものを、いろいろな実験を通じて理解したいですね。
具体例として取り上げたのが、「数当てゲーム(美人投票ゲーム)」です。ゲームのルールはシンプルです。各参加者が、0~100までのなかから数字を1つ選ぶ。その数字を全員分集計し、平均値を計算します。さらに平均値に0.7をかけて出た数字を当選番号とします。さっき選んだ数字が、この当選番号に一番ちかかった人が勝ち、というルール。
いわゆる"合理的な"想定をもとにナッシュ均衡を考えてみましょう。他の参加者を出しぬいて、少し小さめの数を選ばないとゲームには勝てません。全員が全員とも同じことを考えるとすれば、結局、全員がゼロを選ぶ(選ばざるをえない)という状況になるでしょう。
ところが、実際に教室にいた200人の学生さんに参加してもらったところ、平均値は27(当選番号は19.4)となりました(19を書いた人3人のなかから抽選で1名を選び、賞品を差し上げます)。
ここでみられる"規則性"とはなんでしょうか。たとえば、「みんながテキトーに数字を選ぶなら50ぐらいが平均になるはずだから、自分はその一歩先をいって、35(=50x0.7)を選ぶ」というものや、「そのさらに先を選んで24.5(=35x0.7)を選んだ」という判断です。
などなど...
こんなことをこれから半年、勉強していきましょう。
生身の人間は、経済学が想定する合理的で"利己的な"行動をとるわけではありません。かといって、完全にランダムで非合理的な振る舞いをするわけでもないでしょう。生身の人間の行動にも、ある程度の規則性のようなものがあるにちがいありません。その規則性のようなものを、いろいろな実験を通じて理解したいですね。
具体例として取り上げたのが、「数当てゲーム(美人投票ゲーム)」です。ゲームのルールはシンプルです。各参加者が、0~100までのなかから数字を1つ選ぶ。その数字を全員分集計し、平均値を計算します。さらに平均値に0.7をかけて出た数字を当選番号とします。さっき選んだ数字が、この当選番号に一番ちかかった人が勝ち、というルール。
いわゆる"合理的な"想定をもとにナッシュ均衡を考えてみましょう。他の参加者を出しぬいて、少し小さめの数を選ばないとゲームには勝てません。全員が全員とも同じことを考えるとすれば、結局、全員がゼロを選ぶ(選ばざるをえない)という状況になるでしょう。
ところが、実際に教室にいた200人の学生さんに参加してもらったところ、平均値は27(当選番号は19.4)となりました(19を書いた人3人のなかから抽選で1名を選び、賞品を差し上げます)。
ここでみられる"規則性"とはなんでしょうか。たとえば、「みんながテキトーに数字を選ぶなら50ぐらいが平均になるはずだから、自分はその一歩先をいって、35(=50x0.7)を選ぶ」というものや、「そのさらに先を選んで24.5(=35x0.7)を選んだ」という判断です。
などなど...
こんなことをこれから半年、勉強していきましょう。
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