2010年4月27日火曜日
2010年4月26日月曜日
基礎ミクロ5:余剰分析
平均費用が最小になる生産量において、限界費用=平均費用となっていることを式で確認(84ページ)。第4章では、第1節はスキップして、第2節の余剰分析にとりかかりました。今日は、「過剰生産の例:米価問題(96-99ページ)」をゆっくり勉強しました。よかれと思って政府が市場に介入しても、結局、トータルでみればマイナスに終わってしまうというモデルです。政府の市場介入がトータルでプラスになるのは、いわゆる「市場の失敗」がある場合です。それは第9章で勉強する「独占」や、第11章で勉強する「公共財」が存在するときのお話。
2010年4月22日木曜日
基礎ミクロ4:費用関数、供給曲線、生産者余剰
第3章「費用の構造と供給行動」を勉強。前回の続きで66ページの図3-3から、章末86ページまで。ただし、71-76ページにある「すかいらーくの例」とII節「短期費用曲線と長期費用曲線」、そして84ページ補論はスキップしました。ウェブクラスで宿題3と宿題4も出ていますので確認してください。
2010年4月20日火曜日
実験経済学3:サンクトペテルブルクのパラドックスと限界効用逓減の法則
前回までで、数当てゲームにおいて「ある程度予想できる非合理性」を見出したり、市場実験からみる「経済学モデルの妥当性」を勉強しました。今回も引き続き、人間の行動をそれなりにモデルで近似できる(することに意味がある)と勉強しましょう。
「サンクトペテルブルクのパラドックス」をベースとした、うまい棒ゲームを考えます。まず、どのように理論と現実が相容れないのか(パラドックス)を理解し、その上で、理論を再解釈することでそれなりの決着をはかりましょう。「効用」という考え方によって現実の再解釈がうまくできます。そこに経済学モデルの意義、現実をうまく説明・理解できるという役割を見出すことができるのではないでしょうか。
さて、このゲームでは、コイン投げをして、表がでれば、コイン投げを続けることができます。裏がでた時点でゲームは終わりです。ゲームが終了するまでに、何回(連続して)表が出たかによって、何本のうまい棒がもらえるかが決まります。いきなり裏が出てしまった場合(表が0回のとき)は、うまい棒が1本もらえます。表が1回だけで次に裏が出てしまったら、2本もらえます。表2回で3回目に裏が出てしまった場合は、4本だけもらえます。このように、連続して出た表の数が1回増えるごとに、ゲーム終了時点でもらえるうまい棒の本数が2倍に増えていくのです。問題は、このゲームに一体いくら払って参加したいか(参加するのにいくらまでなら払いますか)ということ。実際に、一橋大学の学生さん125人に聞いてみた結果が右のグラフにある通りで、平均54円でした。
さて、ここにパラドックスがあります。実は、理論的には、このゲームの参加費は無限大になってもおかしくないからです。ゲームの参加費を決めるときには、おそらく、「このゲームに参加すれば何本ぐらいのうまい棒が平均してもらえるのだろうか」と考えたことでしょう。ゲームに参加すれば、少なくとも1本のうまい棒はもらえるはず。それよりも多くうまい棒をもらうためには、少なくとも1回は表が出ればいいのだから、確率50%で、2本以上のうまい棒がもらえます。というように考えて、平均何本もらえるかを何となく予想するはずです。計算自体は簡単ですので過程を省きますが、驚くべきことに、平均してもらえるであろう本数は無限大となってしまうのです。だとすれば、ゲームに参加することには無限大の価値がある!? となります。感覚的にも、とてもそれには納得がいきませんし、学生さんが答えた平均54円という数字をどのように解釈すればいいのでしょう。
54円という数字を解釈するひとつの方法が「効用」という概念の導入です。人はうまい棒の本数だけにもとづいて判断するのではなく、そのうまい棒が自分にとってどれだけの価値があるか(それによってどれだけの満足度(効用!)が得られるか)を考えているはず。そこで、うまい棒ゲームでもらえるうまい棒を消費し、その消費から得られる効用の平均値(期待値)を計算するのではないかと思えます。実際に、得られる効用をうまい棒の本数の対数関数 log(x) として、効用の平均値を計算すると、それは無限大にならないことがわかります。なぜ log(x) が便利なのか、ヴェーバー‐フェヒナーの法則や限界効用逓減など、続きは講義を聞いてください。
「サンクトペテルブルクのパラドックス」をベースとした、うまい棒ゲームを考えます。まず、どのように理論と現実が相容れないのか(パラドックス)を理解し、その上で、理論を再解釈することでそれなりの決着をはかりましょう。「効用」という考え方によって現実の再解釈がうまくできます。そこに経済学モデルの意義、現実をうまく説明・理解できるという役割を見出すことができるのではないでしょうか。
さて、このゲームでは、コイン投げをして、表がでれば、コイン投げを続けることができます。裏がでた時点でゲームは終わりです。ゲームが終了するまでに、何回(連続して)表が出たかによって、何本のうまい棒がもらえるかが決まります。いきなり裏が出てしまった場合(表が0回のとき)は、うまい棒が1本もらえます。表が1回だけで次に裏が出てしまったら、2本もらえます。表2回で3回目に裏が出てしまった場合は、4本だけもらえます。このように、連続して出た表の数が1回増えるごとに、ゲーム終了時点でもらえるうまい棒の本数が2倍に増えていくのです。問題は、このゲームに一体いくら払って参加したいか(参加するのにいくらまでなら払いますか)ということ。実際に、一橋大学の学生さん125人に聞いてみた結果が右のグラフにある通りで、平均54円でした。
さて、ここにパラドックスがあります。実は、理論的には、このゲームの参加費は無限大になってもおかしくないからです。ゲームの参加費を決めるときには、おそらく、「このゲームに参加すれば何本ぐらいのうまい棒が平均してもらえるのだろうか」と考えたことでしょう。ゲームに参加すれば、少なくとも1本のうまい棒はもらえるはず。それよりも多くうまい棒をもらうためには、少なくとも1回は表が出ればいいのだから、確率50%で、2本以上のうまい棒がもらえます。というように考えて、平均何本もらえるかを何となく予想するはずです。計算自体は簡単ですので過程を省きますが、驚くべきことに、平均してもらえるであろう本数は無限大となってしまうのです。だとすれば、ゲームに参加することには無限大の価値がある!? となります。感覚的にも、とてもそれには納得がいきませんし、学生さんが答えた平均54円という数字をどのように解釈すればいいのでしょう。
54円という数字を解釈するひとつの方法が「効用」という概念の導入です。人はうまい棒の本数だけにもとづいて判断するのではなく、そのうまい棒が自分にとってどれだけの価値があるか(それによってどれだけの満足度(効用!)が得られるか)を考えているはず。そこで、うまい棒ゲームでもらえるうまい棒を消費し、その消費から得られる効用の平均値(期待値)を計算するのではないかと思えます。実際に、得られる効用をうまい棒の本数の対数関数 log(x) として、効用の平均値を計算すると、それは無限大にならないことがわかります。なぜ log(x) が便利なのか、ヴェーバー‐フェヒナーの法則や限界効用逓減など、続きは講義を聞いてください。
2010年4月19日月曜日
基礎ミクロ4:需要曲線・限界効用・消費者余剰、費用曲線
教科書52~66ページ。第2章II節の「消費者行動と需要曲線」で限界効用や消費者余剰の考え方を学ぶ。演習問題2で理解を確認しました。つづけて第3章「費用の構造と供給行動」にはいりまして、供給の価格弾力性のアイディアを確認。67ページの費用の定義の説明をしました。木曜日までの練習問題は66ページの図3-3の上パネルに描かれた総費用曲線のグラフに、平均費用・限界費用・可変費用・固定費用を図示しようというものです。
2010年4月15日木曜日
基礎ミクロ3:需要・供給曲線のシフト
テキスト24~51ページ(第1章・第2章終了)。需要曲線と供給曲線のシフト、需要の弾力性を考えました。シラバスの進行予定通り。Webクラスで宿題2を出しました、26日の12時30分までに終えてくださいね。
2010年4月13日火曜日
実験経済学2:市場均衡の実験
前回にひきつづき、実験経済学の入門部分にあたる内容。実験経済学(あるいは行動経済学)は、必ずしもこれまでの標準的な経済学やその思考の枠組みを否定するものではないです、ということを解説しました。一橋大学でやった教室内市場実験の結果を紹介し、需要・供給曲線の交点が均衡だとするモデルが、それなりに現実的であることを示しました。
たまに、"合理的で利己的な人間だけを想定しているミクロ経済学は非現実的でまちがっている、だから心理的要素を考慮・加味した行動経済学が正しいんだ"というようなことを見聞きします。実験経済学をやっていると、たしかに標準的な経済学モデルとは全く異なる結果が観察されます。だからといって、そのモデルが"まちがっている"というわけではありません。そういうわけで、はじめにモデルも意外に正しいじゃんということを解説しようと思いました。
教室内市場実験では、実験を行う人(つまり私)だけが需要曲線・供給曲線の形を知っています。そして、売り手役・買い手役の人たちを多数用意します。売り手・買い手は、自分の利益の最大化のみを利己的に考えており、需要曲線や供給曲線がどういった形になっているのかは知りません。したがって、その2つの曲線が交じわる点(均衡価格)がどこにあるのかも知らない。こんな設定です。それでも、「わいわいがやがや」と多数の買い手・売り手が交渉して相対取引を成立させていると、その取引価格の平均は、モデルが予想する均衡価格に非常に近い値になることが知られています。実際、均衡価格60に対して、平均の取引価格は59.4でした。
ただし、完全競争がないので、ランダムにかつ排他的に1対1の売り手・買い手が価格交渉をはじめるという点に注意。その結果、どうしても、取引数量はモデルの予想よりも多めに出てしまうのです(この確認は自習用練習問題としてとっておきたいです)。それでも、モデルの予想はそれなりに正しいことがわかります。宿題が出ました(27日提出)
たまに、"合理的で利己的な人間だけを想定しているミクロ経済学は非現実的でまちがっている、だから心理的要素を考慮・加味した行動経済学が正しいんだ"というようなことを見聞きします。実験経済学をやっていると、たしかに標準的な経済学モデルとは全く異なる結果が観察されます。だからといって、そのモデルが"まちがっている"というわけではありません。そういうわけで、はじめにモデルも意外に正しいじゃんということを解説しようと思いました。
教室内市場実験では、実験を行う人(つまり私)だけが需要曲線・供給曲線の形を知っています。そして、売り手役・買い手役の人たちを多数用意します。売り手・買い手は、自分の利益の最大化のみを利己的に考えており、需要曲線や供給曲線がどういった形になっているのかは知りません。したがって、その2つの曲線が交じわる点(均衡価格)がどこにあるのかも知らない。こんな設定です。それでも、「わいわいがやがや」と多数の買い手・売り手が交渉して相対取引を成立させていると、その取引価格の平均は、モデルが予想する均衡価格に非常に近い値になることが知られています。実際、均衡価格60に対して、平均の取引価格は59.4でした。
ただし、完全競争がないので、ランダムにかつ排他的に1対1の売り手・買い手が価格交渉をはじめるという点に注意。その結果、どうしても、取引数量はモデルの予想よりも多めに出てしまうのです(この確認は自習用練習問題としてとっておきたいです)。それでも、モデルの予想はそれなりに正しいことがわかります。宿題が出ました(27日提出)
2010年4月12日月曜日
基礎ミクロ2:需要・供給曲線、均衡価格
テキスト2~24ページ。需要曲線と供給曲線の読み方。なぜ、需要曲線が右下がりなのか(右上がりになっていると、なにがどう不自然なのか)を考えました。供給曲線についても同様です。かなりゆっくりと進めました。Webクラスで宿題1を出しました、22日の12時30分までに終えてくださいね。
2010年4月8日木曜日
基礎ミクロ1:ガイダンス
2010年4月6日火曜日
実験経済学1:数当てゲームにみる合理性
第1回なので、シラバスを配布しました。イントロとして、数当てゲーム(美人投票ゲーム)にみる合理性という題目で講義しました。
生身の人間は、経済学が想定する合理的で"利己的な"行動をとるわけではありません。かといって、完全にランダムで非合理的な振る舞いをするわけでもないでしょう。生身の人間の行動にも、ある程度の規則性のようなものがあるにちがいありません。その規則性のようなものを、いろいろな実験を通じて理解したいですね。
具体例として取り上げたのが、「数当てゲーム(美人投票ゲーム)」です。ゲームのルールはシンプルです。各参加者が、0~100までのなかから数字を1つ選ぶ。その数字を全員分集計し、平均値を計算します。さらに平均値に0.7をかけて出た数字を当選番号とします。さっき選んだ数字が、この当選番号に一番ちかかった人が勝ち、というルール。
いわゆる"合理的な"想定をもとにナッシュ均衡を考えてみましょう。他の参加者を出しぬいて、少し小さめの数を選ばないとゲームには勝てません。全員が全員とも同じことを考えるとすれば、結局、全員がゼロを選ぶ(選ばざるをえない)という状況になるでしょう。
ところが、実際に教室にいた200人の学生さんに参加してもらったところ、平均値は27(当選番号は19.4)となりました(19を書いた人3人のなかから抽選で1名を選び、賞品を差し上げます)。
ここでみられる"規則性"とはなんでしょうか。たとえば、「みんながテキトーに数字を選ぶなら50ぐらいが平均になるはずだから、自分はその一歩先をいって、35(=50x0.7)を選ぶ」というものや、「そのさらに先を選んで24.5(=35x0.7)を選んだ」という判断です。
などなど...
こんなことをこれから半年、勉強していきましょう。
生身の人間は、経済学が想定する合理的で"利己的な"行動をとるわけではありません。かといって、完全にランダムで非合理的な振る舞いをするわけでもないでしょう。生身の人間の行動にも、ある程度の規則性のようなものがあるにちがいありません。その規則性のようなものを、いろいろな実験を通じて理解したいですね。
具体例として取り上げたのが、「数当てゲーム(美人投票ゲーム)」です。ゲームのルールはシンプルです。各参加者が、0~100までのなかから数字を1つ選ぶ。その数字を全員分集計し、平均値を計算します。さらに平均値に0.7をかけて出た数字を当選番号とします。さっき選んだ数字が、この当選番号に一番ちかかった人が勝ち、というルール。
いわゆる"合理的な"想定をもとにナッシュ均衡を考えてみましょう。他の参加者を出しぬいて、少し小さめの数を選ばないとゲームには勝てません。全員が全員とも同じことを考えるとすれば、結局、全員がゼロを選ぶ(選ばざるをえない)という状況になるでしょう。
ところが、実際に教室にいた200人の学生さんに参加してもらったところ、平均値は27(当選番号は19.4)となりました(19を書いた人3人のなかから抽選で1名を選び、賞品を差し上げます)。
ここでみられる"規則性"とはなんでしょうか。たとえば、「みんながテキトーに数字を選ぶなら50ぐらいが平均になるはずだから、自分はその一歩先をいって、35(=50x0.7)を選ぶ」というものや、「そのさらに先を選んで24.5(=35x0.7)を選んだ」という判断です。
などなど...
こんなことをこれから半年、勉強していきましょう。
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