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2012年7月18日水曜日

実験経済学15: Addiction・依存症のモデル

私は今回の講義でaddictionという分野の行動経済学におけるモデルを解説しました。ここでのaddictionとは誘惑や依存といった行動を意味しています。従来の経済学では「人間は合理的に意思決定を行う」という前提を置いていたが、それではaddictionという非合理的に見える現象をうまく説明できなかった。それらに対して行動経済学的な視点からモデルを構築した2つの論文を紹介しました。 1つ目の論文は Gul and Pesendorfer (2001)の"Temptation and self-control"です。 この論文の功績は、「誘惑がコストになる」ことをシンプルな公理で示し、それを表す効用関数を導いた点である。このモデルでは2つの効用関数を用いる。uはメニュー単体に対する消費者の評価値、vはメニューの誘惑に対する消費者の評価値を表している。ここで、誘惑される消費者の性質として「選好の中間性」という公理をおく。これは「 であれば即ち である」という消費者が誘惑される場合の選好関係を表している。 この公理に基づいてモデルを構築すると、誘惑される消費者の効用関数は以下のように導かれる。消費者はこの関数に基づき意思決定を行う。

 

ハンバーガーとサラダを例に取り、以下の数値例を置く。

サラダ(salad)
ハンバーガー(burger)
u
10
1
v
2
8

これらの数値は、サラダの方がハンバーガーより自分の健康にとって望ましいが、 ハンバーガーの方がサラダよりも消費者を誘惑する、という仮定を表している。 メニューが{サラダ(salda)}のとき、 そのメニューの価値は上式より、
 
となる。 しかし、メニューが{サラダ、ハンバーガー}のとき、 
 
となってしまう 両者を比較すると、消費者にとっては前者のメニューのほうが高い効用が得られることが分かる。 この消費者はどちらの店に行ってもサラダを選択するが、そこにハンバーガーという「誘惑」が存在すると、誘惑に打ち勝たなければならないため効用が減少してしまう。これが「誘惑のコスト」である。

2つ目の論文はBernheim and Rangel (2004) "Addiction and cue-triggered decision processes"です。 人間の意思決定プロセスには合理的な状態と非合理的な状態の2種類があり、後者はある種のトリガーによって引き起こされるというモデル。つまり、効用最大化に基づいた意思決定をしていても、トリガーとなる刺激によって外生的に消費者は依存行動に陥ることがあるという設定である。変数として生活様式、消費者の依存レベルや中毒財の依存性を用いており、中毒財の消費行動を上手く表現している。また、中毒財の宣伝規制やタバコのパッケージに関する規定など、消費者の意思決定に影響を与える施策も説明している。さらに、このモデルを用いて、中毒財に対する政策についても議論している。主な政策としては中毒財への課税と依存行動による損害への補助金の2つが考えられるが、中毒財の性質によって適切な政策は異なる。例えば、コカインやヘロインのように最初の使用が衝動的であり、かつ依存レベルの上昇に伴い意図的に対象を使用するようになる場合は補助金が有効であると主張している。一方、タバコやアルコールのように日常的に使用され、依存性の変化が少ない場合には課税が有効であると主張している。  

以上の例のように行動経済学においてはモデル構築を適切に行うことで、依存のような一見非合理的な行動も、最適化行動を前提としたモデルを用いて分析可能であることがわかります。

参考文献
 (石井大河)

2012年7月11日水曜日

実験経済学14: 神経経済学をつかむ

「神経経済学をつかむ」というタイトルで、その歴史、手法、研究例を紹介しました。
 神経経済学は、経済学と認知神経科学にそのルーツを持っています。それぞれの分野が今までの研究の行き詰まりを解消すべく、新しいパラダイムを探す中で、お互いに出会ったのでした。
 1930年代から50年代にかけて、経済学では新古典派・顕示選好理論派と呼ばれる考え方が主流になっていました。1960年代に入ると、実際の人間の行動と、これらの理論から導かれる予想とが乖離していることを示す実証(アレのパラドクスなど)が発表されるようになりました。この矛盾を解消しようという試みの中から、行動経済学、実験経済学、そして神経経済学が生まれます。
 新古典派・顕示選好理論派の考え方のひとつの特徴に、「人の頭の中をブラックボックスとしている」ことがあります。選択行動の結果のみから選好関係がわかる、という前提から出発して理論を組み立てているのです(顕示選好理論)。ここに心理学の知見を応用し、選好関係が生まれる過程についての理論を作ったのが行動経済学です。また、人間の行動についての理論であるにもかかわらず、実証してこなかったという特徴もあります。ここに注目し、心理学実験の手法を応用して経済理論の妥当性を検証していこうとしているのが実験経済学です。経済学から見た神経経済学は、この実験経済学の手法を用いて、行動経済学の理論を検証しようとする試みの中で生まれました。
一方、認知神経科学では、1980年代に観測機器が急速な進歩を遂げたことに伴い、意識と脳の働きに関するモデルが乱立しており、統一理論の必要性が叫ばれていました。そこへ1996年、ある研究者によって経済学理論が持ち込まれ、初めての神経経済学的論文が出版されます。認知神経科学から見た神経経済学はここに成立します。
 その5年後、2001年には神経科学の知識を応用した経済学の論文が発表されます。その後数年の間に、神経科学で人間の意思決定を解き明かそうとする研究者たちが一同に会する機会が数多く持たれ、2003年の会合で、この分野を「神経経済学(neuroeconomics)」と呼ぶことが決まります。翌2004年には神経経済学会が組織され、神経経済学は学問分野として確立するに至りました。以下は1990年から2006年までの、神経科学の文献に掲載された意思決定に関する論文の数のグラフです。2000年代に入ってから、神経経済学が急速に関心を持たれている様子がわかります(Figure 1)。
ところで、神経経済学の研究はどのように行われているのでしょうか。まず、元になるのは、心理学や経済学、認知神経科学の理論です。それらの理論を、fMRI, PET, tDCS, TMSという機器で脳の血流量を測定/変化させることで実証していきます。近年の研究では、手術や薬剤投与の必要がなく、脳の深部まで詳細に観察することができるfMRIが多く使われています。しかしfMRIにも短所が存在します。fMRIは脳の中の血流量を測定する機械なので、あくまで「ある部分に他よりも多くの血液が集まっている」ということしかわからないのです。そこで用いられるのがtDCSやTMSといった機器です。これらは電流や電磁誘導を用いて特定の部位の活動を直接コントロールする機器なので、fMRIでの測定結果をより詳細に検証することができます。
たとえば、Sanfey et al. (2003) は、fMRIを用いて最後通牒ゲームを行っている最中の被験者の脳の賦活を測定するという実験を行いました。ここでは、不公平な提案を受諾するか判断する際には、左右の前頭前野背外側部(DLPFC)と呼ばれる部位が賦活することが示されています。Knoch et al. (2006) ではこれを検証すべく、TMSを用いて左右のDLPFCの賦活をそれぞれ抑制する実験を行いました。その結果、右のDLPFCを抑制した場合にのみ、不公平な提案を受諾する率が上がるということがわかりました。fMRIの実験からはわからなかった、左右のDLPFCの役割の違いが示唆される結果となりました。
 ここまで、神経経済学の成り立ちと研究の様子を大まかにご紹介しました。二つの異質な分野から生まれた神経経済学は、そのルーツである認知神経科学、経済学からも根強い批判を受けています。内部でも統一がとれているわけではなく、研究方針を巡る論争も続いています。それでも、人間の意思決定の大元に近い脳の様子にまで踏み込む研究手法を武器に、意思決定の理論に大きな影響を与えていくでしょう。今後も目が離せない、刺激的な分野です。(執筆・発表担当: 川口いりえ)

参考文献
  • Paul W. Glimcher, Colin Camerer, Ernst Fehr, and Russell Poldrack. 2008. "Introduction: A Brief History of Neuroeconomics." Chap 22 in Neuroeconomics: Decision Making and the Brain, ed. P. W. Glimcher, E. Fehr, C. Camerer, and R. A. Poldrack. New York: Elsevier.
  • Daria Knoch, Alvaro Pascual-Leone, Kaspar Meyer, Valerie Treyer, and Ernst Fehr. 2006. "Diminishing reciprocal fairness by disrupting the right prefrontal cortex." Science, 314 (5800), 829-832.
  • Alan G. Sanfey, James K. Rilling, Jessica A. Aronson, Leigh E. Nystrom, and Jonathan D. Cohen. 2003. "The Neural Basis of Economic Decision-Making in the Ultimatum Game." Science, 300 (5626), 1755-1758.

2012年7月4日水曜日

実験経済学13: Mental Accounting

この講義では2本の論文、
を用いて、Mental Accountingを紹介し、それを応用した実験例を説明しました。

Mental Accounting とは、ある金額に対する人々の効用が、時や場所、またその受け取り方や支払い方によって、変化することである。例えば、年950万円の給与を、全部を給料として毎月同じ額にわけてもらう場合と、給料800万円+ボーナス150万円でもらう場合を考えてみよう。どちらも同じ年収950万円であるが、2つの場合で消費パターンは同じになるのか?あるいは、効用は変わるのだろうか? やはり、ボーナスとして得た150万円は何か特別なことに使う人が多いのではないか?
これは、限界効用が逓減していることから説明できる。給料800万円とボーナス150万円を別の収入と考えれば、800万円分の効用と150万円分の効用を別々に得ることができるが、一方で950万円の給料として受けるとその分の効用を一度に得ることになる。限界効用は逓減しているので、給料の追加的な150万円の増加はボーナス150万円よりも価値が少ないと言える。
 この効用の違いを実際に使っているマーケティング手法が、携帯電話などを購入した時に現金で代金の返還を受ける、いわゆるキャッシュバックである。一見、値引きと変わらないと思われるが、「安い代金で携帯を手に入れた」場合よりも、「携帯を手に入れ、さらに現金も返ってきた」場合の方が、この理論からすると携帯購入者の効用が高いのである。同様の考え方から、2つの損失は同時に被る方が、非効用が少なくて済むことがわかる。
 収入と損失の場合は、合計してプラスになる場合と、合計してマイナスになる場合に分けて考える必要がある。まず合計してプラスになる場合として、200万円の収入と150万円の損失を考えてみる。合計して50万円を得るか、200万円の収入を得てから150万円の損失を被るか、を比べるのである。これは損失から受ける非効用が、同じ金額の収入から得る効用よりも大きいということから考えると、200万円から得る効用よりも150万円を払うことによる非効用の合計は、50万円から得る効用よりも小さくなる。よって収入と損失で合計してプラスになる場合は、一度に収入を得て、損失を被った方が望ましい、とわかる。
次に合計してマイナスになる場合を考えるが、ここからさらに2つに分割して考える必要がある。収入に比べて損失がそれほど大きくない場合と、損失があまりに大きい場合である。まず損失がそれほど大きくない場合は、論文中のFigure 1a(右図上)で表されている。この図で、収入を得ると同時に損失を被る方が、収入を得た後で損失を被るよりも、効用が大きいことがわかる。逆に、収入に比べて損失があまりに大きい場合も考えよう。同様にFigure 1b(右下図)において、収入を得た後で損失を被る方が、収入を得ると同時に損失を被るよりも、効用が大きいことが示されている。
Mental Accountingは収入と損失の組み合わせに限られない。要は、心の中で効用を計算することがMental Accountingなのである。よってその他にも、賭けで負けた人が最後に大博打に出ることも、Mental Accountingを用いて、その日その時に意思決定を行っていることを示す。ここで我々はどうやらMental Accountingによって知らない間に支配されているのではないか、ということに気付く。

次の論文は、Mental Accountingの論文が発表されてから10年以上も経った後での論文で、タクシー運転手に関してのデータを集め、分析したものである。具体的には、労働時間と最初の1時間の賃金の弾力性を調べる。経済理論からは、最初の1時間の賃金が高くなれば、その分稼ぐインセンティブが増え、労働時間は長くなり、逆もまた然りであるので、労働時間は賃金に対して弾力的である、ということが予測される。しかし、実際には運転手はその日その日ごとに賃金の達成目標を決め、それが達成され次第、運転をやめるという傾向にあるため、賃金は非弾力的になった。これも運転手が自分の心の中で会計を行っている結果なので、Mental Accountingの効果である。
ここで面白いのは、経験を積んだタクシー運転手と未熟練のタクシー運転手との比較である。経験を積んだ運転手は、未熟練の運転手よりも賃金弾力性が高くなったのだ。これは経験を積むことで、一時間当たりの賃金が高い日にたくさん働き、賃金が低い日には早めに仕事を切り上げることが、より効率的に賃金を得て、余暇を消費できると分かったからである。理論上の計算では賃金と労働時間の弾力性が1になるように運転手が働くと、収益は10%増え、さらにより多くの余暇を消費できることが分かった。
このように、運転手は経験を積むことでMental Accountingから脱却することがわかる。経済理論により近い形へ、実際の人間が次第に近づくことが目に見えてわかるのが、このモデルの醍醐味であろう。

説明には「ハッピー」や「ダメージ」といった自分の言葉に変換して、聴き手にわかりやすく伝えることを心がけました。(舘川裕司)

2012年6月27日水曜日

実験経済学12: 社会的選好と、アプローチ方法としての実験

(発表担当・まとめ執筆:金良駿一郎)
 私は「社会的選好と、アプローチ方法としての実験」というタイトルの発表をしました。社会的選好とは、人の公平性や利他性に価値を見出す程度のことを指します。経済学では合理的な個人を想定して議論しますが、現実の個人は非合理的な行動をとることがあります。そこで、社会的選好がそのような行動の動機に影響を与えている場合があるのではないかと考えた研究者の方々が、実験を通してこの仮説を検証してきました。
 この発表ではその中でも「ゲーム」を用いた実験について説明しました。発表で説明したのは最後通牒ゲーム、公共財ゲーム(注1)、信頼ゲームと呼ばれるものの三つのみですが、同じゲームを用いていても、実験によって設定に工夫がなされ、異なった結果を導き出しているところが面白いと思いました。
 例えば公共財ゲーム に「罰」という設定を組み込んだ実験が興味深いです。「罰」とは参加者が自分の配分を減らして誰か一人の配分を減らす行為です。これが認められた場合と認められなかった場合では提出する金額が異なります。その結果を示したのが以下の図になります(Fehr and Gächter, 2002)。


左が「罰」ありの場合、右が「罰」がない場合です。縦軸が提出した額の平均で、横軸が実験を行った回数となっています。この図を見ても明らかなように、「罰」があった場合の方が、提出する額が多くなっています。この実験からすぐに「人間には社会的選好がある」と結論づけることはできませんが、どうやら「罰」を組み込むと提出額が増えるらしいということは分かります。そして今度は「罰」がどのようにして使われているのかを明らかにするための実験を行います。そうやって徐々に、なぜ「罰」があると提出額が増えるのかという問いに対する答えに近づいていきます。以上のようなプロセスを通して、「人間には社会的選好があるか」という問いに答えようとしてきた研究者たちの発想のユニークさと豊かさに私は印象づけられました。
 論文を読んで大勢の人の前で発表をするというのは初めてで、大変だと思ったこともありましたが、そのおかげで実験経済学というものに少しだけ触れることができ、また人に伝えるにはどうしたらよいか、ということについて考える非常に良い機会になりました。
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注1:公共財ゲームとは、別名n人囚人のジレンマゲームとも言います。n人というのは参加者が何人いても差し支えないということです。ここでゲームの説明を簡単にしたいと思います。例えば4人でこのゲームを行うとします。参加者には最初、1000円(この額も実験によって様々です)が渡され、そこからいくらかを提出することを求められます。すると全員の提出した額の合計が二倍され、それが全員に均等に配分されます。つまり頭数で割られた額が一人分の取り分となります。参加者は初めからこの分配のことを知っているので、合理的な個人であればただ乗りをすることが見込まれます。参加者全員が合理的な個人であれば、何度ゲームを行っても提出する金額が0ということになるでしょう。しかし実験では、単純にそうはなりませんでした。

参考文献

2012年6月13日水曜日

実験経済学10: Consumer Pricing

Price is defined as the quantity of payment or compensation given by one party to another in return for goods or services. Every day we observe price of commodities that we purchase, however, very little do we concern about how prices affect our decision.

In the first paper called "Shared Social Responsibility: A Field Experiment in Pay-What-You-Want Pricing and Charitable Giving" by Ayelet Gneezy et al. (2010) in Science, the authors provide an insight into price from a producer's viewpoint. Nowadays companies realize the importance of corporate social responsibility (CSR). They understand that apart from making profit, they need to be conscious of consumers' demand for companies' contributions toward society. However, CSR-related cost is often higher than their benefits. In this paper, the authors proposed a new practice of CSR called "Shared Social Responsibility" which utilizes pay-what-you-want (Consumer can choose how much they want to pay) pricing strategy to engage the social preferences of companies and their customers. The new strategy was tested in a field experiment at a riding attraction with more than hundred thousand participants. The price of the product was manipulated by two factors, pricing (either fixed price or PWYW) and existence of charity (either no charity giving or 50% of the money given to charity) resulted in four (2x2) treatments. The results clearly indicate that under PWYW and charity treatment, profit was maximized even after deducting the amount of charity.



Figure 1 Green graphs show the post-cost revenue per rider under pay what you want and charity treatment.


The second paper which represents price from a consumers' viewpoint is called "Price-Sensitive Preferences", a working paper by Mazar N., Koszegi B., and Ariely D.(2010). This paper challenges the neoclassical assumption that reservation price of a consumer, the amount an individual is willing to pay, is independent of prices he encounters in the market. A series of experiments was conducted using commonly purchased products and manipulating sets of offer to create a left-skewed price distribution (most of the prices faced in the market were relatively low) and a right-skewed price distribution (most of the prices faced in the market were relatively high). BDM procedure was also used to extract a person's preference or willingness to pay. From the result of the experiments, it could be observed that participants under left-skewed price distribution were more likely to quote relatively low reservation price whereas participants under right-skewed price distribution did the opposite. It can be implied that a consumer's reservation price is sensitive to prices faced in the market. Moreover, further experiments clarified that this dependency on price distribution was due to a mistake in expressing actual context-independent preference.


In my opinion these two papers have provided highly surprising and intriguing findings and implications yet relatively easy to comprehend. I think that the development of economic experiments both in a field and laboratory setting will eventually lead to an alternative model that can accurately illustrate the market mechanism.  (Written by Boonyada)

2012年5月8日火曜日

実験経済学04:公平性・最後通牒ゲーム・神経経済学


Insula animation
島皮質(耳の上あたりの赤い部分)は
肉体的苦痛を受けた時に賦活する。
それが不公平な扱いを受けたときにも
賦活したとのこと。
キーワード:公平性、最後通牒ゲーム、独裁者ゲーム、利他的選好、不平等回避、非帰結主義、神経経済学。

公平性は、経済学のなかでも、現実の経済現象や経済的意思決定を考えるうえでも、きわめて重要です。まずはその導入として、公平性を考える代表的なゲームとして有名な「最後通牒ゲーム」を考えました。

このゲームは、1000円を2人で分ける状況で、1人が分け方を提案し、もう1人がそれに承認・拒否をして決めるというもの。受け手が承認すれば提案どおりに1000円を分けますが、受け手が拒否すれば1000円は没収されてしまい2人とも何ももらえません。
分け方を提案する人を「提案者(proposer)」、 承認・拒否 を選ぶ人を「受け手(responder)」といいます。

提案者としては、自分に多く残したいと考えます。でも、あまり不公平な分け方を提案すると、受け手がへそをまげてしまい拒否されかねません。それに、自分だけが多くもらうような提案も、なんだか受け手の人に申し訳ない気がしてきます。

「おまえの取り分はこれだけだ」
このように考えるためか、多くの経済実験で、提案者は5:5や、6:4などの比較的公平な分け方を提案しています。では、提案者は受け手の気持ちを考えて不公平な分配はいけないことだと思っているから公平な提案をするのでしょうか。それとも、不公平な提案をすると、受け手が拒否してしまうことを恐れているだけなのでしょうか。前者は、提案者に利他的な心(公平性)があることを意味しますが、後者ならば、単にリスク回避のために公平を装っているだけということになります。

この2つの動機をわけて考えるのに便利なのが、「独裁者ゲーム」です。

ゲームのルールは、最後通牒ゲームとほとんど同じです。ただし、受け手は、承認・拒否を選ぶことができません。ただ、提案者が分け方を決めて、その提案にそって1000円が2人の間で分配されます。提案者役の人は、いわば独裁者のように分配を勝手に決めてしまうわけです。この独裁者ゲームでは、提案者の多くが、9:1のような不公平な分配を選択してしまいます。最後通牒ゲームでみせた公平性は、まあ見せかけの利他心だったといえそうです。でも、6:4というような比較的公平な分配を選ぶ提案者も少数います。彼らには、利他的な心がありそうですね。
提案者から受け手への分配金額
左図が最後通牒ゲーム(拒否権あり)、右図が独裁者ゲームでの結果。
拒否権ありだと比較的公平な分配が提案されるものの...。
このように、ゲームの条件を変えていくことで、ゲームのプレイヤーの動機をあぶりだしていくのも実験経済学(そして、もちろん心理学)のしごとです。

その後、不平等回避の選好を加味した効用関数や、非帰結主義的な考え方、神経経済学の実験結果を紹介しました。

2012年4月24日火曜日

実験経済学03: 限界効用逓減の法則

キーワード:限界効用逓減の法則、サンクトペテルブルクのパラドクス、ヴェーバー‐フェヒナーの法則、うまい棒。

「うまい棒ゲーム」をやりました。このゲームでは、コイン投げをして、表がでれば、コイン投げを続けることができます。裏がでた時点でゲームは終わりです。ゲームが終了するまでに、何回(連続して)表が出たかによって、もらえるうまい棒の本数が決まります。いきなり裏が出てしまった場合(表が0回のとき)は、うまい棒が1本もらえます。表が1回だけで次に裏が出てしまったら、2本もらえます。表2回で3回目に裏が出てしまった場合は、4本だけもらえます。このように、連続して出た表の数が1回増えるごとに、ゲーム終了時点でもらえるうまい棒の本数が2倍に増えていくのです。問題は、このゲームに一体いくら払って参加したいか(参加するのにいくらまでなら払いますか)ということ。実際に、早稲田大学の学生さん189人に聞いてみた結果が右のグラフにある通りで、平均83円でした。

ここにパラドックスがあります。実は、理論的には、このゲームの参加費は無限大になってもおかしくないからです。ゲームの参加費を決めるときには、おそらく、「このゲームに参加すれば何本ぐらいのうまい棒が平均してもらえるのだろうか」と考えたことでしょう。ゲームに参加すれば、少なくとも1本のうまい棒はもらえるはず。それよりも多くうまい棒をもらうためには、少なくとも1回は表が出ればいいのだから、確率50%で、2本以上のうまい棒がもらえます。というように考えて、平均何本もらえるかを何となく予想するはずです。計算自体は簡単ですので過程を省きますが、驚くべきことに、平均してもらえるであろう本数は無限大となってしまうのです。だとすれば、ゲームに参加することには無限大の価値がある!? となります。感覚的にも、とてもそれには納得がいきませんし、学生さんが答えた平均83円という数字をどのように解釈すればいいのでしょう。これがベルヌーイが提唱した「サンクトペテルブルクのパラドクス」として知られるパラドクスで、これに対する甥のダニエル・ベルヌーイからの答えが、いま知られる「限界効用逓減の法則」となっています。

200円を払ってゲームに参加
してくれた学生さんのコイン投げ
83円という数字を解釈するひとつの方法が「効用」という概念の導入です。人はうまい棒の本数だけにもとづいて判断するのではなく、そのうまい棒が自分にとってどれだけの価値があるか(それによってどれだけの満足度(効用!)が得られるか)を考えているはず。そこで、うまい棒ゲームでもらえるうまい棒を消費し、その消費から得られる効用の平均値(期待値)を計算するのではないかと思えます。実際に、得られる効用をうまい棒の本数の対数関数 log(x) として、効用の平均値を計算すると、それは無限大にならないことがわかります。

この log(x) という関数はヴェーバー‐フェヒナーの法則にうまく対応しています。刺激の物理量と、人がそれを知覚する強さは比例関係ではなく、対数比例しているという法則です。講義では、117番の時報を聞いてもらいました。時報の「ピピピッピーン」はラの音で、はじめの3つが基準音で、最後のッピーンが1オクターブ高いラの音。前者が440ヘルツ、後者は880ヘルツで周波数が2倍。さらにオクターブ上がれば、2倍の1760ヘルツなんだそうです。周波数(物理量)が2倍になるごとに、人はそれを1オクターブあがったものと知覚します。オクターブのピッチは、人にとって倍数ではなく、等間隔でしょう。これを表すのが対数関数です。

消費量(物理量)と効用(感覚量)についても同じように考えてもいいでしょう。うまい棒の本数(物理量)が増加しても、その効用(感覚量)は比例して増加するわけではありません。むしろ、ヴェーバー‐フェヒナーの法則にしたがえば、うまい棒の本数が2倍になるごとに、その効用は同じ絶対量(水準)だけ増加するということになります。つづきは講義スライドをごらんください。

2012年4月17日火曜日

実験経済学02: 市場均衡の実験

前回にひきつづき、実験経済学の入門部分にあたる内容を講義しました。実験経済学(あるいは行動経済学)は、必ずしもこれまでの標準的な経済学やその思考の枠組みを否定するものではないです、ということを解説しました。一橋大学でやった教室内市場実験の結果を紹介し、需要・供給曲線の交点が均衡だとするモデルが、それなりに現実的であることを示しました。


たまに、"合理的で利己的な人間だけを想定しているミクロ経済学は非現実的でまちがっている、だから心理的要素を考慮・加味した行動経済学が正しいんだ"というようなことを見聞きします。実験経済学をやっていると、たしかに標準的な経済学モデルとは全く異なる結果が観察されます。だからといって、そのモデルが"まちがっている"というわけではありません。そういうわけで、はじめにモデルも意外に正しいじゃんということを解説しようと思いました。

教室内市場実験では、実験を行う人(つまり私)だけが需要曲線・供給曲線の形を知っています。そして、売り手役・買い手役の人たちを多数用意します。売り手・買い手は、自分の利益の最大化のみを利己的に考えており、需要曲線や供給曲線がどういった形になっているのかは知りません。したがって、その2つの曲線が交じわる点(均衡価格)がどこにあるのかも知らない。こんな設定です。それでも、「わいわいがやがや」と多数の買い手・売り手が交渉して相対取引を成立させていると、その取引価格の平均は、モデルが予想する均衡価格に非常に近い値になることが知られています。実際、均衡価格60に対して、平均の取引価格は59.4でした。

4042977014ただし、完全競争がないので、ランダムにかつ排他的に1対1の売り手・買い手が価格交渉をはじめるという点に注意。その結果、どうしても、取引数量はモデルの予想よりも多めに出てしまうのです(この確認は自習用練習問題としてとっておきたいです)。それでも、モデルの予想はそれなりに正しいことがわかります。

この本、おすすめです。多くの意見を集約する市場の機能が解説されていたり、実験経済学の結果が多く紹介されています。
「みんなの意見」は案外正しい (角川文庫)
ジェームズ・スロウィッキー 小高 尚子

2012年4月11日水曜日

現代経済論「実験経済学」00

ガイダンスなので、実験経済学の意義と意図を解説しました。Revealed Preference, Behaviolarismなどについて概説。 Readingとして、西條辰義「経済学はなぜ実験をしてこなかったのか(PDF)」と Lewin, S.(1996) "Economics and Psychology: Lessons for Our Own Day From the Early Twentieth Century," Journal of Economic Literature, Vol.34, No.3, pp.1293-1323.

2012年4月10日火曜日

実験経済学01: 数当てゲーム

第1回は、イントロとして、数当てゲーム(美人投票ゲーム)にみる合理性という題目で講義しました。

生身の人間は、経済学が想定する合理的で"利己的な"行動をとるわけではありません。かといって、完全にランダムで非合理的な振る舞いをするわけでもないでしょう。生身の人間の行動にも、ある程度の規則性のようなものがあるにちがいありません。その規則性のようなものを、いろいろな実験を通じて理解したいですね。

具体例として取り上げたのが、「数当てゲーム(美人投票ゲーム)」です。ゲームのルールはシンプルです。各参加者が、0~100までのなかから数字を1つ選ぶ。その数字を全員分集計し、平均値を計算します。さらに平均値に0.7をかけて出た数字を当選番号とします。さっき選んだ数字が、この当選番号に一番ちかかった人が勝ち、というルール。

いわゆる"合理的な"想定をもとにナッシュ均衡を考えてみましょう。他の参加者を出しぬいて、少し小さめの数を選ばないとゲームには勝てません。全員が全員とも同じことを考えるとすれば、結局、全員がゼロを選ぶ(選ばざるをえない)という状況になるでしょう。
ところが、実際に教室にいた236人の学生さんに参加してもらったところ、以下の分布図のようになりました(賞金1500円)。平均値は20.75(当選番号は14.53)でした。



さて、ここでみられる"規則性"とはなんでしょうか。たとえば、「みんながテキトーに数字を選ぶなら50ぐらいが平均になるはずだから、自分はその一歩先をいって、35(=50x0.7)を選ぶ」というものや、「そのさらに先を選んで24.5(=35x0.7)を選んだ」という判断です。
などなど...

こんなことをこれから半年、勉強していきます。