2012年7月4日水曜日

実験経済学13: Mental Accounting

この講義では2本の論文、
を用いて、Mental Accountingを紹介し、それを応用した実験例を説明しました。

Mental Accounting とは、ある金額に対する人々の効用が、時や場所、またその受け取り方や支払い方によって、変化することである。例えば、年950万円の給与を、全部を給料として毎月同じ額にわけてもらう場合と、給料800万円+ボーナス150万円でもらう場合を考えてみよう。どちらも同じ年収950万円であるが、2つの場合で消費パターンは同じになるのか?あるいは、効用は変わるのだろうか? やはり、ボーナスとして得た150万円は何か特別なことに使う人が多いのではないか?
これは、限界効用が逓減していることから説明できる。給料800万円とボーナス150万円を別の収入と考えれば、800万円分の効用と150万円分の効用を別々に得ることができるが、一方で950万円の給料として受けるとその分の効用を一度に得ることになる。限界効用は逓減しているので、給料の追加的な150万円の増加はボーナス150万円よりも価値が少ないと言える。
 この効用の違いを実際に使っているマーケティング手法が、携帯電話などを購入した時に現金で代金の返還を受ける、いわゆるキャッシュバックである。一見、値引きと変わらないと思われるが、「安い代金で携帯を手に入れた」場合よりも、「携帯を手に入れ、さらに現金も返ってきた」場合の方が、この理論からすると携帯購入者の効用が高いのである。同様の考え方から、2つの損失は同時に被る方が、非効用が少なくて済むことがわかる。
 収入と損失の場合は、合計してプラスになる場合と、合計してマイナスになる場合に分けて考える必要がある。まず合計してプラスになる場合として、200万円の収入と150万円の損失を考えてみる。合計して50万円を得るか、200万円の収入を得てから150万円の損失を被るか、を比べるのである。これは損失から受ける非効用が、同じ金額の収入から得る効用よりも大きいということから考えると、200万円から得る効用よりも150万円を払うことによる非効用の合計は、50万円から得る効用よりも小さくなる。よって収入と損失で合計してプラスになる場合は、一度に収入を得て、損失を被った方が望ましい、とわかる。
次に合計してマイナスになる場合を考えるが、ここからさらに2つに分割して考える必要がある。収入に比べて損失がそれほど大きくない場合と、損失があまりに大きい場合である。まず損失がそれほど大きくない場合は、論文中のFigure 1a(右図上)で表されている。この図で、収入を得ると同時に損失を被る方が、収入を得た後で損失を被るよりも、効用が大きいことがわかる。逆に、収入に比べて損失があまりに大きい場合も考えよう。同様にFigure 1b(右下図)において、収入を得た後で損失を被る方が、収入を得ると同時に損失を被るよりも、効用が大きいことが示されている。
Mental Accountingは収入と損失の組み合わせに限られない。要は、心の中で効用を計算することがMental Accountingなのである。よってその他にも、賭けで負けた人が最後に大博打に出ることも、Mental Accountingを用いて、その日その時に意思決定を行っていることを示す。ここで我々はどうやらMental Accountingによって知らない間に支配されているのではないか、ということに気付く。

次の論文は、Mental Accountingの論文が発表されてから10年以上も経った後での論文で、タクシー運転手に関してのデータを集め、分析したものである。具体的には、労働時間と最初の1時間の賃金の弾力性を調べる。経済理論からは、最初の1時間の賃金が高くなれば、その分稼ぐインセンティブが増え、労働時間は長くなり、逆もまた然りであるので、労働時間は賃金に対して弾力的である、ということが予測される。しかし、実際には運転手はその日その日ごとに賃金の達成目標を決め、それが達成され次第、運転をやめるという傾向にあるため、賃金は非弾力的になった。これも運転手が自分の心の中で会計を行っている結果なので、Mental Accountingの効果である。
ここで面白いのは、経験を積んだタクシー運転手と未熟練のタクシー運転手との比較である。経験を積んだ運転手は、未熟練の運転手よりも賃金弾力性が高くなったのだ。これは経験を積むことで、一時間当たりの賃金が高い日にたくさん働き、賃金が低い日には早めに仕事を切り上げることが、より効率的に賃金を得て、余暇を消費できると分かったからである。理論上の計算では賃金と労働時間の弾力性が1になるように運転手が働くと、収益は10%増え、さらにより多くの余暇を消費できることが分かった。
このように、運転手は経験を積むことでMental Accountingから脱却することがわかる。経済理論により近い形へ、実際の人間が次第に近づくことが目に見えてわかるのが、このモデルの醍醐味であろう。

説明には「ハッピー」や「ダメージ」といった自分の言葉に変換して、聴き手にわかりやすく伝えることを心がけました。(舘川裕司)

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